主体(当事者)は、誰?
教育学者の苫野一徳(とまのいっとく)さんは、
校内フリースクールに対して
「そんなふうに甘やかしていたら、社会に適応できない人間になってしまう」
という意見に対して、
「子どもたちは、ある時期たまたま教室になじめなかっただけで、『自分は社会不適応なんじゃないか?』と、下手をすれば生涯、思い込んでしまいかねないものだ。もしそれが別の環境であったなら、もっと輝けたかもしれないのに」
と言う。」
選択肢が少ない時代に生きた人と、
そうではない時代に生きた人との、意見は違う。
どちらも嘘偽りのない「解釈」であり、
間違ってはいない。
今あるものに合わせるのも一つの方法。
別のものを選ぶのも一つの方法。
『出来事』は、
現状になじめない子どもがいて
困っているということ。
第一に考えなければならないことは、
この『出来事』に対して、
当事者の子どもが、
どうしたいかということ。
決定権(主体)は、子ども。
支援として、子ども以外の人は、
情報(選択肢など)を提供すること。
忠告、指示、指図ではない。
