意識がつくり出す感情の違い
主体性と自主性を説明するとき、
指導者の意識の違いを話している。
自主性(ティーチングが主な手法)の
指導者の意識は、
「できることが当たり前」
だから、できない選手に対して、
負の感情が芽生えやすい
(なぜ、できないんだ!)
主体性(コーチングが主な手法)の
指導者の意識は、
「できないことが当たり前」
だから、できない選手に対して、
感情の変化は無く、
できた時には、喜び勇む。
1歳の子どもが歩き始めの1歩を
踏み出した時、
「お~、すげ~」と、親は喜ぶ。
言葉を発したときも同様である。
「できないことが当たり前」の
意識からの行動だと思う。
ところが、小学生ぐらいから、
「なぜ、あなたはできないの!」
という感情がわいてくる。
昨日までの自分の子どもを
比較対象にした場合と、
周りの同年代の子どもを
比較対象にした場合。
これが、意識の違いを
生みだしているのではないか?
