表現者でもあるアスリート
北京五輪、男子フィギュアスケートの
羽生結弦選手のフリーの演技に
他の選手とは違う感覚を得たことを
今でも思い出す。
競技というよりも
何かを表現しているように感じた。
そんな演技をした選手を思い出した。
女子のカタリナ・ヴィット選手(東ドイツ)。
1984年のサラエヴォ五輪と
1988年のカルガリー五輪で
金メダルを獲得。
1989年にドイツからアメリカに亡命し、
プロスケーターに転向。
プロの出場が解禁された、
1994年のリレハンメル五輪に出場。
フリー演技で、反戦歌である
「花はどこへ行った」の曲にのせ、
ユーゴスラビア紛争により
戦火に破壊された、
サラエヴォへの思いを込めた
演技をした。
フィギュアスケートの演技から
醸(かも)し出された感性に、
羽生選手とカタリナ選手に
共通するものを感じた時間だった。
二人の共通点は、何だろう?
金メダルの先にある「目的」。
そんな気がした。
